紅蓮寺

天台寺門宗 新発心。鸑鳴です。ご連絡は以下のアドレスまでお願いします。📩hongaku37@gmail.com

予測符号化理論


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前々回に書いた

「脳は階層的ベイズ推論を行っている」

とは、脳を受動的なカメラではなく、「アクティブに外界の状況を常に予測・更新し続けている」ということ。


暗闇で丸い影が見えた時、「過去の経験」から「猫かもしれない」と予測し、近づいて確認しながら認識を更新する。


ここにおける「階層的」とは、脳の神経ネットワークは、視覚野などの単なる感覚の低次領域から、概念や文脈を扱う高次領域までピラミッド状の階層構造がある。


​トップダウン: 高層の領域が「次はこういう刺激が来るはずだ」という予測を下層へ送る。

ボトムアップ: 低層の領域は、受け取った実際の入力と予測のズレである、予測誤差だけを上の階層に送り返す。


​このように「すべての情報を毎回イチから処理する」のではなく、「予測とのズレ(誤差)」だけを上層へ報告してモデルを更新するため、脳は極めて少ないエネルギーで高速に世界を認識できる。


脳がこのようにベイズ推論を行なっているということを、予測符号化理論という。Karl Friston博士が提唱している。

 

脳は常に占い、推理しているのだ。

 

さて、脳は外界を受動的に「写し取る」のではなく、常に「予測」を生成し、その予測と感覚入力の誤差(予測誤差)を最小化するように動いているが、この誤差はKarl Friston博士らにより『自由エネルギー』と呼ばれている。この誤差が収束したとき、「知覚」が成立する。


さて、重要なのは高次脳は棋士のように数百手もの可能性の筋道を同時推論している。そこで最も重要なのは現実を把握するための「予測の絞り込み」であるが、ここで、アポーハ論が登場する。


ディグナーガの「牛でないものを排除する」というアポーハは、予測符号化の文脈では、行動に必要な「可能性の空間」を劇的に絞り込むための、高次予測のろ過機である。


例えば…


· 「牛」を知覚する

· 脳内で「乳を搾る」「草を食む」「4本脚」などの事前確率が活性化

· その予測に合わない感覚入力(犬、馬など)は予測誤差を大きくするので除外される

· 結果として「牛」というカテゴリが浮かび上がる。

· 有効機能(アルタクリヤー)を果たすために、認識内形象が生成される。

· 認識内形象と実際の知覚をすり合わせる。

· 誤差を高次脳に報告する

· 修正された事後確率(知覚)が高次脳に認識される


ディグナーガのアポーハ論や、ダルマキールティの「認識内形象」は、予測符号化理論との相性が非常によい。クマーリラは「牛性」という実体を求めたが、予測符号化はそれを必要としない。予測が有効に機能すれば、それで十分なのだ。

 

しかし、相性はよいが予測符号化理論が完全に仏教の認識論なわけではない。


例えば、ディグナーガはアポーハを言語(概念)の領域に限定し、知覚(プラティヤクシャ)は言語を離れた純粋な感覚データとした。ダルモッタラも言うように知覚は概念知の対象外としたのだ。しかしそうすると、ろ過機が機能しないではないか?という疑問が生ずるだろう。


これに対してはいちおう解答がある。予測符号化では、言語野(高次)から視覚野(低次)などの知覚へもトップダウン予測が降りてくるが、言語野(高次)から知覚(低次)の間に認識内形象という生成された形象を付託することにより、ダルマキールティは解決を計ったという解釈もあると思う。


予測符号化では、高次(言語野)からのトップダウン予測は、低次の感覚入力が脳幹や一次視覚野に到達するよりも僅かに遅れてフィードバックされる。そう、タイムラグがあるのだ。つまり、「最初の一瞬(0.1秒未満)」は確かにディグナーガの言う「無分別な純粋感覚(svalakṣaṇa)」が先行するが、その直後の認知のループにおいて、高次の言語的予測が知覚内容を塗り替える。


これを瞑想によって「最初の一瞬(0.1秒未満)」を把握した祖師たちによって刹那滅論は誕生したのではないか?と個人的には思う。

魔ダニ


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一山墓参りがありまして、長等山の奥深くまで、お墓参りに。午後は事務所で仕事をして、萬徳院に戻りさてシャワーを浴びようと。白い靴下を脱ごうとしたとたん靴下の色がどす黒い赤なのに気づきました。真っ赤な靴下。作務衣も血で変色してます。

 

大流血してるではありませんか。しかも、血がパテみたいに固まっている。蛭かと思い、ズボンや靴、靴下を見てみると…大きな黒豆のようなものがコロンと(上写真)。頭がすでに取れていた(絶命)ために、豆だと思い、気づかないで、放置。後から気づいて豆を突いたら、我が血が噴き出しました。

 

ネットで調べたらこの豆がマダニだとわかりました。恐ろしいですね。長等山は野生のイノシシや鹿がたくさん生息していますから…。大峰山でもこんなのなかったのに…恐るべしナーガラジャ山。豆は朝見たら、蟻の餌食になってました。生命の…循環!ですね。

ベイズ推論と占術

ベイズ推論とは。


​事前確率:データを得る前に「たぶんこうだろう」と思っている初期の予測(直感や過去の経験)。


尤度(ゆうど):新しいデータが観察されたとき、「その説が本当なら、どれくらい起こり得ることか」という説のもっともらしさを表す確率。


​事後確率 :データを加味して更新された、新しい予測。これが次の分析の「事前確率」になります。

 

これを占いに適用してみますと。


​例:大限破門突入前の、ある人の家計の相談。

​事前確率: 生活の水準を保てない確率はだいたい 50% だと予想する。

​尤度: 財帛位の大限破門は財政困難の危機がある説。

観測 :大限破門に突入、やはり貧乏に陥っている。

​事後確率: 財帛位の大限破門が財政困難となる尤度は高いので、生活の水準を保てない確率を 90% に更新する。

 

​ベイズ推論の数式

​ベイズ推論の基礎となる「ベイズの定理」は次の数式で表されます。


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P(A) :事前確率 :事象 B が起こる前の、事象 A の元々の確率

P(B/A) :尤度(ゆうど) :事象 A が起こったという条件のもとで、事象 B が起こる確率

P(A/B) :事後確率 :事象 B が起こったとわかった後の、事象 A の確率

P(B) :全確率(周辺確率) :事象 A の有無に関わらず、事象 B 全体が起こる確率

 


面白いことに、現代脳科学では脳は階層的にベイズ推論を行っている、とされています。脳は常に占ってるんですね。

①高次皮質は「世界がこうであるはず」というトップダウン予測を送る

②低次皮質は感覚入力とその予測を比較し、誤差(予測誤差)を高次へフィードバックする

③このループが収束したとき、「知覚」が成立する


ここで重要なのは


脳の知覚とは「外界の再現」ではなく、「予測誤差を最小化するための最適化アルゴリズム」である、とされていることです。

 

つまり、​「私たちが知覚している『世界』とは、脳(あるいは認識)が自らの予測誤差を抑え込み、生存という目的のための行動(アルタクリヤー)を最適化するために描き出した『最も都合の良い仮説、形象』に過ぎない」ということ。

 

​つまり、私たちが「客観的な現実」と呼んでいるものは、脳が生成した高精度の仮想現実(内部モデル)にすぎません。もし脳がニューロン発火の電子信号のレベル(ありのままの外界)をそのまま知覚しようとしたら、情報量が多すぎて処理が追いつかず、一瞬で生き残れなくなってしまいます。

漫画『呪術廻戦』での五条悟の領域展開『無量空処』のようなものですかね。

三井寺妖怪ナイト


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今週の土曜日から、三井寺妖怪ナイトです。

お楽しみに。

 

本日は照明のチェックでした。

 

そのうち、中華圏の妖怪も出るといいなと思う。

 

キョンシー(僵尸)とか黒白無常とか。

 

下の画像は中華圏の死神、無常。

 

これは妖怪の範疇に入るんかいな…

 


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自衛隊がパランティアと提携

三井寺では憲法9条の死守や核兵器の廃絶を訴えておりますが。残念ながら、核兵器よりある意味まずいものが入ってくるようですね…ついに防衛庁はパランティアの戦場人工知能OSを採用するようです。パランティアとはこの前「Dialog」の記事でご紹介した秘密結社「Dialog」総帥であり、影の大統領とも言われるピーター・ティールが創業した企業です。

記事に「防衛省が求める性能のクラウドは、現状では米巨大IT企業が提供するサービスに実質的に限られる。」とありますが米巨大IT企業とはパランティアのことです。

【防衛機密、クラウドで運用へ AI活用を本格化 移行準備、来年度着手(時事通信)】

#Yahooニュース https://news.yahoo.co.jp/articles/efa9e6f9fd8000384e8d1ef29886bb315ace1efb


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記事では続けて「技術面での安全性には高い評価がある一方、外国企業の基盤を利用する以上、機密情報を日本がどこまで管理・統制できるかが問われる。」とありますが…

 

ロシア・ウクライナ戦争におけるパランティアの提供したテクノロジーが戦争用のAIであり、ドローン爆弾でモスクワに同時アタック、かなりの被害をもたらしたのは記憶に新しいです。

 

ウクライナにおける米パランティア・テクノロジーズ(Palantir Technologies)の技術は、AIを活用した戦場での標的選定、長距離ドローン攻撃の計画、や負傷者の救助などに活用されました。

 

そのAI、戦場OSとも言われているのがPRISMA(プリズマ)。ウクライナ軍情報総局(GUR)などは、AI搭載の統合自動計画プラットフォーム「PRISMA」を利用してロシア領内深部への無人機(ドローン)攻撃を計画・実行しています。経路の最適化、衛星画像、レーダー配置、地形データを解析し、防空網の脆弱性を突く最適な低空飛行ルートをAIが瞬時に算出しています。

 

また、 戦闘データを安全に処理・訓練するための「Brave1 Dataroom」を共同で立ち上げ、戦術の高度化を図っているとのこと。

 

防衛庁の導入するものは「Maven Smart System(MSS)」のようです。詳しくは以下の記事。

 

【防衛省、自衛隊の指揮統制に米パランティアのAI「Maven Smart System」検討 米国防総省も本格導入、イラン・ウクライナの戦場でも実績|ビジネス+IT】

https://share.google/Shk00LRtB7FciEzXb

 

アメリカ及びヨーロッパのエリート層、エスタブリッシュメント、「Dialog」メンバーは明らかに中国と日本を、ロシアとウクライナのようにしたいらしい。SNSを見ると博識な皆さんは「アミテージナイレポート」のシナリオ通りと言及してますね、知りたいかたは検索してみてください。

 

 

熊本地震のデータ訂正と補足

たいへん申しわけありません、尾宿とか書いてましたが。7/28は旧暦6/15にあたり27宿は女宿でした。

2026年7月28日

​旧暦:令和8年6月15日

27宿:女宿 

 

前回の熊本地震が尾宿。ごっちゃになってました。

2016年4月14日(前震)

​旧暦:平成28年 3月 8日

27宿:尾宿

 

 

補足

サイデリアルでのホロスコープも載せておきます。「黄金の夜明け団」では、魔術では実際の天体位置から星の力が作用するという思想のもと、サイデリアル方式が推奨されました。インド占星術でもそうですね。


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アルタクリヤー


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ユヴァル・ノア・ハラリは著作『ホモ・デウス』において、生命体はアルゴリズムであると言った。この考え方はダルマキールティのアルタクリヤー(梵arthakriyā)という考え方と極めて似ている。漢訳されると「能作功」となる。アルタクリヤーはサンスクリット語で、目的達成作用、現実的機能、効果的作用を意味する言葉だ。ダルマキールティがこの理論でクマーリラを論破したのだ。アルタクリヤー(能作功)を偶然にも端的に表してしまった言葉がある。

「黒い猫でも白い猫でも鼠を捕るのが良い猫だ」

 

とは鄧小平の言葉だ。日本人は眉をひそめ警戒する政治用語だけれども。ダルマキールティは生命体の生存という目的を鼠として。外界のモノに伴った概念や形象が、虚偽(黒猫)であろうと、真実(白猫)であろうと、アルゴリズムとしては目的を達成できればよいとしたのだ。

 

アルゴリズムとは目的への意志を遂行する手順である。意志は、五蘊で言う「行」である。五蘊の「行」(サンスカーラ)はしばしば「意志作用」と「形成力」と2つの意味で訳されるが。私は常々、どっちやねん、と疑問に思っていた。しかし、目的達成までの行動のピースの配列や行列という考え方があれば、この二つの意味はつながり、手順、行動の順序、目的までのアルゴリズムを形成するということだ。

 

さて、大論争のそもそもの発端は。クマーリラは外界のモノ本体と、認識内の概念と感覚(形象等)が一致するとした。ダルマキールティの師であるディグナーガは外界のモノには言及せずに、意識が対象の或るモノを他のモノから排除することにより対象は成り立つというアポーハ説を唱えた。クマーリラは他のモノは或るモノが予めあることにより始めて成り立つ、そうでなければ論理の無限後退に陥ることを指摘してディグナーガを論破したのだった。

 

しかし、ディグナーガの言いたかったことは〈牛の対立(牛以外)が存在しなくては牛も存在しない、しかし牛の対立(牛以外)には牛が必要だ〉……このように、ある対立項がそれ自体で完結した、自性、ブラフマンによる純粋な起源を持つことを否定した。認識内に写し出された対象に伴う概念は、それ単体としては不完全であり、常に他の痕跡を内部に含んでいる(縁起)ということ。

 

これを示した上で、ダルマキールティは「認識内形象」を生命体の生存を目的とする実用的なアルゴリズムの一部として再定義した。

 

現実における自分の意識の順序、配列、因果を観察するにあたり。ダルマキールティはまず物質の質感(クオリア)が外界のモノと必ずしも一致していないこと、を指摘した。そのうえで、認識が真であるとは、対象を正しく写していることではなく、目的達成(アルタクリヤー)に成功すること、としたのだ。例えば水を対象とすれば、水を飲むこと、という行為の成功をもって認識が真であるとする。一種のファンクショナリズム(機能主義)哲学と言えなくもない。

 

では機能主義から見たアルタクリヤーとは何であろうか。例えば、ブラフマンのアルタクリヤーは創造することだ。猫のアルタクリヤーは鼠を捕まえることだが、図鑑に載ってる猫にはその機能は備わっていない、たんなる普遍的概念だからだ。火のアルタクリヤーはモノを燃やすことだが、火という概念や言葉では何も燃やせない。しかし、火で薪を燃やしたら灰が出るのだ。ブラフマンが創造したら被造物ができる。このように動的な機能と因果関係を見る視点に、仏教はスライドした。ヒンドゥーのスポータ論などの静的な存在論とは違ったスタンスだ。

 

そして、猫に鼠をとらせたり、火を起こすことは我々、人間の生存や生活と密接に関わっている。つまりは、プログラミングで言うオブジェクト思考である。オブジェクト指向とは、「ある役割を持ったモノ」ごとにクラス(プログラム全体の設計図)を分割し、モノとモノとの関係性(縁起)を定義していくことでシステムを作り上げようとするシステム構成の考え方だ。ダルマキールティはとりあえずブラフマンが創造したものが存在するかどうかの存在論は、エポケー(棚に上げて)して人間の意識の機能システム、アルゴリズムを考えたわけである。

 

このスタンスだと、クマーリラのツッコミや、後の認識内の形象は真実か否かの論争、ラトナーカラシャーンティ形象虚偽論とラトナキールティの多様不二照明論の争いに巻き込まれないですむ。

 

『認識内形象』という彼の説の要は、質感(クオリア)は外界の存在そのものではないとしたのだ。認識内では不完全な模写であり、画家はその世界の生命体だ。このことは一水四見の喩えでわかりやすく説明されている。


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一水四見とは弥勒菩薩により瑜伽師地論で説かれた、同じ一つの「水」でも見る立場によって四通りに違って見えるという教え。人間にはそのままの「水」に見えるが。天人には透き通った瑠璃・水晶の床に見える。魚には自分の「住みか」に見える。餓鬼には炎に包まれた「血の池や膿の川」に見える。

 

つまりは、水という質感(クオリア)は本質的、本体的に水ではないかもしれないが、生命体の維持という目的のため、人にとっては「水」となっている、としたのだ。

 

生命体の維持という目的のためだったら、水が人ではない存在にとって水であろうとなかろうと、人にとってはその飲みやすい水としての感覚により水分補給できればよいのだ。

 

餓鬼や夜叉などの鬼類にとっての「水」は質感(クオリア)が「血」であり、彼らにとってはそれが真夏の喉がカラカラな時のポカリスエットなのだ。

 

我々は普段、多数の他者にとっての水(共相)と自分にとっての水(自相)を無意識に誤認して行動する。天、人、畜生、餓鬼にとっての共通の水、を人にとっての水をオーバーラップさせている。共通の水なんて存在しない。

人世界にフォーカスしても構造は同じ。多数の他人と共通していると錯覚している普遍的な概念の水を、私にとって現実的な水だと誤認しながらも、結果として水を求めて行動し、喉を渇きから癒すという実用的効用(アルタクリヤー)が機能すればよい。アルタクリヤーは「目的達成」であると同時に「苦の軽減」でもある。

 

逆に言えば生存という目的のために、水という喉を滑らかに潤すあの質感と味が人の感覚野にセッティングされているということかもしれない。ダーウィニズム的遺伝子の巧妙な進化か、梵天が設計したのか、わからんけども。水の感覚自体はニューロンの発火の連打数がその正体なのだ。

 

実のところ、水だけではなく、時間の感覚(クオリア)も同じようなことらしい。時間が「流れる」や「今が過ぎ去る」といった主観的な感じのことだ。脳は流れる絶対時間のようなものを認識するのではなく、どうも「出来事の順序」を記録して時間の間隔を推し量って逆算マッピングしているらしいのだ。

 

ここで神経科学の時間細胞の話をば。時間細胞は絶対的な時間秒数に反応するのではなく、「時間全体の10分の1が経過した」「半分が経過した」という相対的な時間に反応する。

 

これは何を意味するか?ハイデガーの『未来投企』的な話しになってしまうのだが。我々は、目的の叶う未来の時間を推し量ってから今へと逆算して時間的位置をマッピングしている。「時間は未来から現在を通り、過去へと流れる」とアビダルマは同じことを言っている。

 

あなたが「水を飲む」という目的を持つ。その瞬間、脳は無意識に——

 

· 立ち上がる(約2秒)

· キッチンへ歩く(約5秒)

· コップを取る(約1秒)

· 蛇口をひねり水を注ぐ(約3秒)

 

——というように、目的(水を飲む)までの時間全体を逆算してマッピングする。

 

 

そしてその枠の中で、時間細胞が「いまのプロセスは全体のどの位置か」を刻む。これが脳神経の実相であり、時間の正体である。